記事に興味を持ってくださりありがとうございます。
東京都府中のイラスト・ゲームイラスト制作会社ミリアッシュの代表をしている竹谷彰人(たけやあきと)と申します。
去る6月23日に、バンタンゲームアカデミー大阪校様にて講義をして参りました。ゲーム開発会社サイバーコネクトツー松山洋社長と一緒に、それぞれゲーム・イラストの切り口で話し、エンタメ業界を包括的に学んでもらおうといった2社合同での企画、その名も「学生ミライ会議」です(本来は漫画業界からもう1社参加の計3社なのですが、今回は都合あって2社となりました)。
2022年9月に福岡で第1回となる学生ミライ会議を開き、第2回を11月に大坂で、第3回を2023年2月に北海道札幌で、そして今回再び大阪で第4回となります。
この記事では、学生の皆様よりいただいた質問に対する回答を、なるべく当時の熱量を再現しながら、同時に文章へまとめている現時点での考えを追加して書いております。
エンタメ業界を研究できているかという客観性と、好きなものを詰められているかという主観性のバランスが取れていると良いかと思います。
イラスト制作の仕事にかぎらず、自ら調べることはとても大事なことです。具体的には、いま最先端のゲームはなにか、どういったゲームが話題なのか、そしてそれらのゲームで求められるイラストの絵柄はどういうテイストかを調査研究し、「自分ならこういうイラストを描く」というケーススタディができているか、といったあたりでしょうか。
一方で、自分のなかのエンタメを構成している成分、たとえば少年漫画であったり、アクション映画や乙女ゲームであったり、「私はそういうものが大好きだからここまで描きました」というのがわかるイラストがあると嬉しいです。どちらを重視すべきかといえば、弊社ではクライアント様からの受注制作が根本であるゆえ前者ですが、そのイラストレーターが好きだと思ってくださる仕事を頼みたいとも考えているため、双方揃えた方がご依頼に繋がるかと思います。
お人柄です。スキルや知識等の「技」は後天的なもので磨きやすいですが、性格や人格といった「心」は彫刻するのにたくさんの時間を要します。琵琶湖が埋まって余りあるほど自己啓発本が世に溢れているのは、変えたいと思っていても変えられない人々が多い、つまりそれだけ自己を啓発することが並々でなく容易ではないからです。ダイエットも同じです。
そのため、丁寧・誠実・素直に仕事へ臨めるひとは、極稀にあるがままの心でそういう方もいますが、基本的には自己改善へのたゆまぬ努力が裏側にあります。しっかり自らと向き合ってきたひととこそ、お仕事をご一緒したいと考えています。
結論から申すなら、努力です。言い訳を探していないか。自分の現況を環境のせいにしていないか。うまく行ったらだれかのおかげ、うまく行かないのは己の力不足。やるひとは他責と自責の天秤がほどよく吊り合っています。また「頑張る」と「努力」は、似ているようで非なるものだとも思っています。昔読んだ某掲示板のスレッドで、剣が強くなりたくて山に3年籠もって草木を薙いだ、というものがありました。そのひとは自分がどれだけ強くなったか知りたくなり、近所の剣道場へ文字通り道場破りをしに赴いたのですが、当然のようにボロ負けしたそうです。内容としてはまさに神器草薙の剣みたいな行動力ですが、剣で強くなりたければ剣道やフェンシングを学ぶべきです。イラストが上手になりたければ、本や動画など方法はたくさんあります。どれをやればいいかと悩むうちに、まずやってみましょう。合っていなければ、変えればいいだけなので。
あとは、「選ばれない・うまく行かない」ことが普通だと思えるようになりましょう。先日声優さんとお話する機会があったのですが、オーディションは落ちるものだと仰っていました。弊社も、これだけ熱量と丁寧さに自負があっても、力足らずにトライアルが通過しない時ばかりです。大谷翔平選手でさえノーヒットでホームランを打たれます。それでも続けたいと、いつか選ばせてみせると思える心が大事です。
イラストの仕様によりけりとなりますが、1枚の単価でいうとおおよそ3~7万円前後です。月当たりの報酬としては、弊社のご依頼をがっつり受けてくださるイラストレーターさんには平均40~50万程度をお支払いしています。
肝心なのは、ご自身の時給単価を考えることです。イラストを1枚制作するのに10時間かかったとして、それを10,000円で売れば時給1,000円、50,000円で売れば時給5,000円です。令和4年における大卒の初任給平均額は約23万円だそうです。月の稼働日を20日間とすると日給11,500円で、1日の稼働時間を8時間とすると時給1,440円です。もちろん、イラストの制作料は作り手の希望だけで決まるものではなく、クライアントとの協議を経た上で落ち着くものですが、最終的な「受ける・受けない」の判断の時には、一度自らの時給を念頭に置いたほうが良いかと思います。
特にないといえばないのですが、気になる資格があれば、たとえまったくエンタメの属性がないものであったとしても取得に励みましょう。私の話となり恐れ入りますが、前職でものすごく適当に働いていた折、当時の代表に簿記とビジネス実務法務の資格を取れと指示をもらい、嫌々に無精無精に取りました。正直なところ面倒の一言でしたが、数年後会社を設立するとなり、その知識にとても助けられました。資格なんて張子の虎です。そう言えるのは資格を持っているひとだけです。努力した証にもなりますし、ひとつのことに打ち込めたことは、少しずつ自信へと繋がっていきます。
なくてもよいですが、いくらあっても困りません。
イラストレーターを目指されるのでしたら、CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)や Photoshop 等、基本的なツールは使えるようにしておくべきかと思います。先の資格の話と重なりますが、たとえば Excel だったり Word だったりと、直接クリエイティブに関係しないソフトであっても、興味が湧いたら触ってみましょう。
使えなくてもよいですが、使えて困ることはありません。
せっかくなので弊社のスーパーでウルトラなディレクターである杉山と寺井に聞いたものをまとめてきました。
まずは、クライアントやイラストレーターの方々とのやり取りにおける言葉遣いです。イラスト制作の仕事は基本的にメールやチャットツールでの連絡で完結するため、弊社では言葉の取捨選択にひとしお留意しています。特にイラストは当然ながら文字でなく、ゆえに言語化が難しい時も少なからずあり、アートディレクションを手伝ってくれているイラストレーターさんに修正内容を描いてもらって視覚化することも多いです。気遣いという概念的なくくりでは、イラストレーターの皆さんの得手不得手をもっと理解した上でより良いお仕事をお願いしたく考えています。
次に、イラストレーターさんに打診し前向きな返答をもらっているにもかかわらずその案件がなくなってしまった時も、イラストレーターさんの期待に添えられなかった事実に精神がかなり削られます。見送りの連絡ほど、先述の言葉遣いを含め、心を砕くものはないかと思うほどです。反面、弊社では敬愛するイラストレーターさんにばかりご依頼をしているので、無事お仕事となった際の喜びは筆舌に尽くしがたい大きなものがあります。
イラスト制作のジャンルで言うと、IP(版権)のディレクションは特に大変です。伝わりやすさの観点から「似せて描く」と表現していますが、実際には「同じものを描く」レベルが求められ、キャラクターデザインにおいては目の虹彩の入り方から唇の光り方までひとつひとつ確認する必要があります。また、こちらは広報的な観点ですが、IP(版権)イラストのご案件は総じてWebサイトやSNSでの実績公開が禁じられるので「これうちがやってるんです!」と表立ってお伝えできないのがほんの少しだけつらいです。もちろん、弊社で制作したキャラクターイラスト等がゲームに実装され、ファンの皆様からの嬉しい声を聞けるのはそのIP(版権)の大きな力あってのことであり、また自身が大好きなゲームシリーズに携われる幸せはイラスト制作会社として冥利に尽きると思っています。
現時点ではありません。直近だと大手のマーベル・スタジオがAI映像を用いて少々炎上気味ですが、海外ではストライキも始まっているように、AIで生成されたクリエイティブへの抵抗感は依然として小さくないと思っています。というのが感情面の問題だとすると、論理面では著作権がどうしても絡んできてしまい、たとえAIでなく人の手で描いたイラストも同様ですが、だれかが先に世に生み出した著作物にスゴく似たものを世に出してはいけません。ましてやAIは既成のデザインやイラストといったデータを学習して生成されるので、必然的に似通うリスクは高くなります。実際に、弊社とお取引のあるクライアントからは「AIを用いる際は事前に共有してください」と念書が来ました。行間を読むなら「使用を控えてください」ということです。
一方、AI技術は用法用量を守れば素晴らしいテクノロジーです。法律の整備や世界のポジティブな捉え方がもう少し進み、情理ともにAIを受け入れられるような世界になるにつれ、徐々に活用していくことになるかと思います。
私はそもそも平凡な人間で、ゆえにだれかを「優秀」と評するのに抵抗があり、なので「スゴい方々」と言い換えさせていただきますが、物事に「無駄」を感じないひとでしょうか。ゲームもアニメも漫画も映画も、知人との他愛のない飲み会も高圧的で偉そうな年上との楽しくない会食も、自らに吸収できる・学べるものがあるかどうか、を常に心がけているひとは本当にスゴいと思います。貨幣が世界で用いられているのは、貨幣に価値があると世界が信じているからです。有意義と思えば有意義で、無駄と思えば無駄です。
あとはここにおわすサイバーコネクトツー松山さんのように、とにかく行動するひとです。
なにか新しい企画や仕事を発表した時に「その発想はあった」と声高に言う人々がなぜか結構数いますが、大事なのは契約や座組含めてそれを具体化し、しっかりかたちを成したことです。卵と違い、あたため続けても考えは孵化しません。
そして少し逸れますが、「優秀」が苦手という話に付け加えると、仕事が「できる」という表現も苦手です。仕事は「する」ものです。
商品となる作品です。ゲームや漫画ないしアニメなら、オリジナリティがあって売れそうなもの、その一部となるイラストにおいては、商品のクオリティ向上に繋がるもの。
イラストの源流である絵画はもともとアートとして文化史を残してきました。パトロンがいて、アカデミックなことを学び、展示会で時折ショッキングな新作を発表して。それはいま考えると、作家自身がIPと化すようなビジネスでした。
そこから時を経て現在のエンタメは、エンドクレジットの長さからもわかるように、本当に多くの人々が絡み合って商品が生み出されます。そのなかで生きていくのであれば、より良い商品の一助となる、つまり内側で調和するようなイラストが求められるのは必然です。一方で、かなり茨の道だとは思いますが、「求めさせる」手もあります。古きアーティストたちと同じく自らの作品性を磨きあげ、自らの名がIPとなるような闘い方です。どちらも大変ですが、好きなことで生きる対価ではないでしょうか。
ちなみにイラストという言葉の源流、つまり "illustration" の語源は、「光・輝き」から来ています。近い言葉だと、イルミネーションと一緒です。イラストは光を意味していた。その事実に、なんだか心強い気持ちが芽生えませんか。
以上となります。
ここまで述べておきながら身も蓋もないことを申すと、我々年上が語る実績や経験はすべて過去のことです。現実を生き抜くため歴史に学ぶことは重要ですが、ひとつの普遍的真実として、未来のことはだれにもわかりません。
私も然り、先を生きる者たちは、自ら生き方を「正」だと思い込んでいます。実際そうして生きてこられたわけですから、その経験を信じるのも至極当然なことです。ゆえに、そこから逸れていそうな・逸れている若い人々を見ると「違う、そうじゃない」とつい両の手で勢いよく挙手してしまいます。
しかし、若い世代の皆様には、若い世代の生き方があります。我々の話を「違う、そうじゃない」と疑うことも、まったくもって至極当然です。時と場所と環境が変われば、腑に落ちる言葉もどんどん変化していきます。
重んじるべきは、しっかりと自ら考え、自ら責めを負って行動することです。「だれそれが正しいと言ったから」は、いつか「あいつが間違っていただけ」という言い訳になります。有限な人生に、言い訳ほどもったいないものはありません。どの言葉を自らのものとし、どの哲学を自らのものをしないか、それを日々考えて行動に移していっていただければと、そう強く思います。
長くなりましたが、学生の皆様にとって実りある内容が少しでもあることを祈っています。貴重な時間をこの記事に割いてくださり本当にありがとうございました。